はらくだしPPの大問題 ランニング年表

苦しみの名古屋ウィメンズ【ワタシのランニング年表 2013】

初めてのフルマラソンは、
名古屋ウィメンズ2013


3年前の日記を読んでいたら、
当時の事が鮮明に思い出された。

誰にも言ってなかったが、目標を4時間半にしていた。

しかし、思った以上にフルマラソンは苦しく、ゴールタイム目標を大きく下回るものだった。


〜日記から抜粋〜

【30キロ過ぎ】

35キロの壁なんて誰が言った?

まるで35キロまで、壁はないみたいじゃないか。

こっちは18キロから壁だらけなんだよ。

長かった、

寒かった、

苦しかった、

しんどくて、しんどくて、

顔が歪んだ。

頭とカラダがちぐはぐになった。

私にとっては初めての試練。

『私は名古屋に歩きに来たんじゃない、走りに来たんだ』

そう何度も自分に言い聞かせ、一度も立ち止まる事をしなかった。

壁の先にいる、最も輝いているワタシに会うために。

【35キロ過ぎ】

悲しい位ダメな私の足は、疲労したカラダを重そうに運ぶ。


疲労も限界に近づくと、最初に、焦りと苛立ちと情けなさがやってきた。

『風になって名古屋の街を駆け抜ける』なんてイメージを持っていた私、

バッカじゃないの!

ボロ雑巾がポタポタと涙と汗を流しながら、名古屋の街をヨタヨタと拭っているみたいじゃないか。


足元を見る。

ブルックス(シューズ)よ、

amazonの暗い倉庫から出してやったじゃないか。

主のためにもっとカンバレ。

………………

いや、違う。

4時間も踏ん付けられっぱなしでも、キミは健気に私の脚を怪我から守ってくれているんだね。

【ゴール後】

仲間同士がハグしあい、ゴールの喜びを分かち合っているのを横目に、

私は邪魔にならないよう、端の方でヘナヘナと座り込んでしまった。

その時の感情を文字にしようと、書いてみるが、どの言葉もしっくり来ない。

完走した喜び、達成感、安堵感・・・・

どの言葉も合っているようで・・・・

どの言葉もちょっと違う気がした。


涙と汗と鼻水のラインナップで揃った顔で呼吸を整えながら、

しばらくは何も考えたくなかった。

グロスタイム 4:52:**
ネットタイム 4:47:**

〈抜粋終わり〉
***************

そして、この日の夜は、発熱でまだ苦しむことになる。

***************
翌年2014年、リベンジのため、
再び名古屋に乗り込むも、
思いもしないアクシデントで、
またまた苦しむことになる。

本日のラン

12キロ(5:26/キロ)
シューズ ミニマス


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初ハーフは大阪・淀川マラソン 覚えているのは、馬の毛のこうもん? 【ワタシのランニング年表 2012年】

3月から走り始めて、1.4キロ→5キロ→10キロと距離をのばしていき、
8ヶ月目のハーフマラソン。

この頃の練習は、同じようなペースでただ走るだけ。

同じようなペースったって、ランニングウォッチなんて持ってないから、体感のみなんだけどね。

最終ペースは、スタートとゴール時間を距離で割って出していたんだよね。


で、肝心の距離の計測は、キョリ測というサイトで、地図をマウスでドラッグしながら測ったものだったから、かなりアバウト。あはは。

自分の実力がどれ位なのか、全くわかってなかったから、予想タイム入れるのに困ったっけ。


前日の昼には大阪入りし、宿泊のホテル阪急インターナショナルにチェックインしてから前日受付に行く。

この日の夕食は、風月のお好み焼き。

お好み焼きってさ、粉の中に野菜や肉を入れて、ぐちゃぐちゃに混ぜて焼いたものと思ってたから、かなり衝撃だったよ。

なんですか?これ?
すっごく美味しいんすけど。

〜レース当日〜

21キロの距離を走るって、今だからこそ日常だけど、当時のワタシにとっては、大事件。

20キロは3回だけ走っただけだったけど、制限時間4時間の大会だったから
あまり不安はなかったかな。


会場に着いてからは、何もかもが新鮮で落ち着かず、子供みたいにキョロキョロしてた。


前回参加した10キロの大会は、参加人数200名ほどのちっちゃい規模のものだったからね。

こんな大規模な大会で走れるってだけで、いっぱしのランナーになった気がしていたよ。


ブロック分けされたランナーのゼッケンを見ながら、

ドラゴンボールのスカウターみたいだなと思う。


スタートロスは3分位。

橋を渡った時に、馬の毛のこうもんって書いてある看板があったような。

意味がわからなくて、しばらく、馬の毛のこうもんの事を考えながら走ってた。

(後で調べたら、毛馬閘門(けまこうもん)でした。)

時計を持ってないからゴールするまでタイムはさっぱりわからず。

ゴールの1キロ位手前で、周りの人に話しかけてみたけど、あまり反応がない。

あ、話しかけちゃ、いけなかったんだーって、ちょっとしょんぼり。

ゴールではQちゃんにハイタッチで迎えでもらう。

タイムはグロスで2時間5分××秒
ネットで2時間2分××秒

このタイムがどうなのか、よくわからず、キョトンな心境だった。

でも、女子1745人中、300番台だったから、胸を張っていいのかなーって思ったよ。

〜レース翌日〜

身体の疲れはほとんどなく、
大阪観光に繰り出す。

通天閣に行ってビリケンさんに会って串カツを食べ、

グリコを見て、

法善寺横丁に行って、

たこ焼き食べて、

海遊館に行って、

観覧車に乗って、

イカ焼きを食べた。

初ハーフも観光も最高に楽しかった。



あれから3年3ヶ月。

あの時のワタシに、『3年後も走ってるよ』って、教えたら、驚くだろうな。

きっと、このレースが良かったから、

今も走ってるんだよね。

大阪マラソンは3年連続ハズレてるけど、

今年もまたエントリーするよ。

で、当たるまでエントリーし続ける。

だって、また大阪に行きたいんだもん。


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『ねーねー、国立競技場の周回コース1.4キロだけ走ってみない?』から始まった 【ワタシのランニング年表 2012年】

[2012年2月]

オンナ6人、都内の洒落たレストランで、タイスキをつついていた。

お酒も回ってきた頃だったろうか、

東京マラソンのExpo帰りの知人Bが唐突に言った。

『ねーねー、国立競技場の周回コースを走る駅伝があるんだけど、1.4キロだけ走ってみない?』


当時、ジョギングをしていた知人Bは、
マラソン経験はないものの、東京マラソンのExpoだけは毎年行っていたらしい。


すかさず知人Fが、当時流行っていたローラの真似をして、指で丸を作り頬に当てながら『オッケー』と答えた。


つられて皆がオッケーと言った。


この、『オッケー』から、私のマラソン人生の始まった。


オンナ6人は、すっかりその気になり、
合同練習も行った。

わずか2キロだったのだが‥


こうして、ランシューも持ってないド素人のオンナ6人が参加したのは、

千駄ヶ谷の国立競技場(今は取り壊されて更地になっている)で行われた「フライデーナイト・リレーマラソン」


トラックと競技場の回廊走路(屋内ランニングコース)1.4キロを走り、次々とタスキをつないでいくというもの。


3時間で何周したかで競うのだが、知人B以外は走った経験がなく、
成績はビリに近かったように思う。


結果はともかく、初めての非日常の経験に、身体も心も興奮した。


[2012年5月]

調布の味の素スタジアムで行われた無料のランニングイベントに参加。

最初のメンバー2人はやめてしまい、6人が4人になっていた。

ファミリー向けのイベントだったから、
計測なし、記録証なしのゆるい雰囲気。

自分計測(アナログ時計)で5キロ32分位だったと思う。

走りながら摂る紙コップの水が嬉しくて、

張り切って飲んだら鼻から水がブーッと出てきてビックリ。

[2012年6月]

多摩川クリーンマラソン10キロの部に参加。

この時点で、メンバーは4人から更に減って2人だけになっていた。

その人は、今のラン友Cちゃんだ。

計測ある大会は初めて。

記録は1時間00分××秒。

走った後は、ランナー全員で河原のゴミ拾いし、


その後は、応援にだけ来てくれていた知人BとCを交えて青空宴会。

レースは、コースが一部未舗装だったりしたけど、アットホームな良い雰囲気。

でも、多摩川クリーンマラソンを略して、たまクリって、どうなんだよと思う。

[2012年11月]

初めてのハーフマラソン。

遠路はるばる、

Cちゃんと一緒に臨んだのは、

大阪・淀川市民マラソンだった。


つづく


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